【まえがき】

「住まいとコミュニティのための民間非営利セクター確立への提言」の発表にあたって


 (財)ハウジングアンドコミュニティ財団は、住まいとコミュニティが私たちの社会の望ましい未来のための基礎的なテーマのひとつであるとの認識に立ち、市民活動など民間グループへの活動助成を含む公募助成事業や自主研究活動を進めてきました。とりわけ表記のテーマは当財団としても中心となるべき自主研究課題と考え、3年間にわたり調査を重ねてきました。
 民間非営利セクターの確立に関しては、既に幅広い分野で調査と提言がされています。 私たちは住まいとコミュニティの領域に焦点を絞りこみ、この領域において望まれる民間非営利組織とそれを支える社会システムについて提案したいと考えました。
 私たちは、この提言を、多くの市民、専門家、自治体関係者、そして諸官庁や国政に携わる方々に発表し、それぞれの視点から活発に論議していただくことを期待しています。
 この論議を契機として、提言の内容が深められ、私たちの社会に新しい可能性が拓かれ、住まいとコミュニティの望ましい未来が身近なものとなることを願っています。
 現在、国政の場で検討されているNPO法の体系においても、住まいとコミュニティの改善と活性化が、制度の目的のひとつにしっかりと位置づけられることがぜひとも必要であると私たちは考えています。
 そのためにも、この提言と、提言の基礎となった日本及び欧米諸国に関する調査が役立つものであることを願っています。
 阪神・淡路大震災に際しての救助・救援そして復旧・復興の過程でコミュニティの再認識が迫られ、また住民自身による住まいの回復が重い課題であることがあらためて明らかになりました。この提言が現実の場において試され、具体的な活動や成果へと結実することを願うとともに、この提言に関わった私たち自身がそれぞれの現場で、担うべきことを着実に実行してゆかねばならないと考えています。


平成8年3月

(財)ハウジングアンドコミュニティ財団


【目 次】

住まいとコミュニティのための民間非営利セクター確立への提言

はじめに
I .住まいとコミュニティ分野の民間非営利活動の意義と役割 
 1.民間非営利活動が盛んになってきた背景は何か
 2.民間非営利活動のための機会の窓を大きく開く
 3.住まいとコミュニティの分野での民間非営利活動のための社会的仕組みの必要性 

II.住まいとコミュニティ分野の民間非営利活動のための社会的仕組みを実現する7つの提案
 1.市民まちづくり活動が具体的成果を生む「機会」を提供する
 2.市民まちづくり活動に必要な専門性の獲得を支援する
 3.まちづくり情報や技術支援の機会を豊かにする
 4.資金的支援の仕組みを多様化する
 5.市民まちづくり活動と自治体や企業とのパートナーシップを創出する
 6.住まいとコミュニティに総合的に取り組むために制度を改革する
 7.新しい民間非営利法人制度を創設する

III.新しい社会的仕組み−実現のための各主体の役割 
 1.市民:1人1人の発意からの出発
 2.専門家:地域で市民と共に考え行動する力量の向上
 3.自治体:機会の窓の開放と後方支援の充実
 4.企業:人材、ネットワーク、そして資金力を活かした支援
 5.財団等の公益法人や公益信託:ユニークな発想の多様で広範な支援の展開
 6.住宅・都市整備公団、住宅供給公社等:新たなパートナーシップの創出
 7.国(国会および政府):民間非営利活動とその組織の位置づけと新しい支援制度の形成

おわりに


【本 文】

平成8年3月

住まいとコミュニティのための民間非営利セクター確立への提言


はじめに

 地域の高齢者のための会食や給食活動、高齢者の住みよい安全な家にするための修繕や改造の活動、子どもの遊び場や冒険遊び場づくり、自然観察や身近な環境を見つめ直す“まち歩き”、お互いに支えあって暮らすためのコレクティブハウジングの運動。今日、実に多様な活動が、企業としてではなく、また、自治体など行政としてでもなく市民や専門家の自由な活動として展開されています。あるいは、会社法人の形をとってはいても、利潤追求を第一の使命とせず、地域の再生や活性化を第一の使命とする組織活動が登場しています。
 私たちは、これらの活動を民間非営利活動と呼び、これを担う組織を民間非営利組織と呼びたいと思います。
 現在の私たちの社会においては、企業セクターと行政セクターが主役であり、民間非営利組織は、ごく僅かな領域を占めているにすぎません。
 しかし、高齢社会の到来など時代の状況に対応し、近い将来において民間非営利組織の占める領域が成長し、第3のセクターすなわち民間非営利セクターへと発展していくことが予想され、また、それが必要であるとする論調が台頭してきました。
 私たちは、住まいとコミュニティの領域において、民間非営利セクターの担う役割が次第に大きい割合を占めると考えています。
 この観点から、以下に、このセクターの確立のために私たちは何をしてゆくべきかについて提言し、実行していきたいと思います。


I .住まいとコミュニティ分野の民間非営利活動の意義と役割

1.民間非営利活動が盛んになってきた背景は何か

 私たちは、日本の各地の住まいとコミュニティの分野の民間非営利活動の事例を調査しました。
 その活動は、地域社会サービス、身近な環境づくり、住まいづくり、地域活力向上事業、まちづくり市民ネットワーク活動、専門家による支援活動など広範であり多様です。
 私たちの社会は、高度に発達した企業セクターと行政セクターによって支えられています。しかし、たとえば、高齢者問題ひとつ取り上げても、市民が求める人間的で行き届いたサービスの提供は、行政や企業だけでは限界があります。
 また、長い歴史を通じて、私たちが身近な環境の整備と維持管理をすっかり行政と企業に委ねてきてしまったために、小さな公園ひとつとっても、私たちの求めるいきいきとした場にはならず、紋切り型の生気のない場所になりがちです。
 行政は、全ての人に公平かつ均等にサービスを提供し、全ての人に公正な負担を課す原則のもとに運営されます。このことが行政への期待でもあり、同時に限界でもあります。
 一般的には、これを補うのは企業活動ですが、利益が出なければ活動しないのも企業です。民間非営利の活動は、こうした構造的に欠けている領域のニーズに応えるために発展しはじめていると考えられます。
 阪神・淡路大震災から、私たちは、自分たちの身近な環境は自分たちの手で守り、再生していくこと、日常的にそのための努力を積み重ねなければならないことを、あらためて認識しました。
 住まいと身近な環境の問題は、フローの時代からストックの時代へとシフトしてきたことにより、一層重要となってきています。住民自身のまちづくりの努力と、住民と共に歩む専門家や事業主体の協力とが欠かせなくなっています。
 こうした状況から私たちは、従来の2つのセクターだけでは私たちの生活が支えられず、私たちの求める生活の質を実現することができないことを明確に認識し始めています。市民の自発的で自由な発想と活動によってこそ個々の人間性が活かされ、地域固有の条件にキメ細かく応えつつ、先駆的、創造的な成果が得られるものと思います。このことが、先にあげた様々な民間非営利活動が盛んになってきた直接の背景だと考えられます。

2.民間非営利活動のための機会の窓を大きく開く

 私たちは市民の様々な活動を、従来は単にボランティア活動として位置づけたり、ワーカーズコレクティブのような個別の新しい試みとして取り扱ってきました。
 しかし、近年にいたって、事態はこうした理解では不十分であり、これらの活動はより社会構造的な必要から登場している新しい動きの一局面と認識されるようになりました。民間非営利活動という言葉でこれらの活動を包括し、これをひとつの社会セクターとして認識しようという考え方が生まれてきたのです。
 この見方から、日本と諸外国を比較する努力が、近年、各方面で積み重ねられました。
 その結果、次のことが明らかになりました。

イ.日本には、公益法人制度があり、これが民間非営利活動の一部を担っています。
 財団法人、社団法人、社会福祉法人などは、その中心ですが、いずれもその設立には、相当な期間、資金等を要する上、主務官庁制によって、タテ割り行政のもとに監督されます。
 これでは、市民の自由な発想が損なわれるのみでなく、民間非営利活動の広がりにはとても応えられません。
ロ.欧米諸国では、それぞれの歴史や社会的特質にしたがって、具体的な仕組みは多様ですが、いずれも民間非営利セクターが発達しています。民間非営利組織を法人として位置づける制度が発達し、広範な民間非営利活動に対応しうるようになっています。
 アメリカでも、ドイツでも民間非営利法人としての制度的な資格の取得は簡単であり、民間の非営利活動組織は、簡明な申請手続きによって迅速に民間非営利法人と位置づけられます。
ハ.住まいとコミュニティの分野では、アメリカのCDC、イギリス、オランダ、デンマーク、スウェーデンなどの住宅協会や住宅協同組合など、民間非営利法人がそれぞれ、大切な役割を果たしていることも判りました。

 21世紀の社会では、民間非営利セクターがますます社会的に重要な役割を果たすことになるという認識は、それぞれの国に共通しています。
 これらの事実から明らかなことは、自主的で自由な民間非営利活動が、より活発になり、より豊かな成果を生むには、私たち日本の社会が持つ機会の窓はきわめて小さく、ほとんど閉ざされているといってよい状態だということです。
 民間非営利法人制度を新たに創設しようという市民活動組織の最近の活発な運動や、各政党の議員立法への努力は、この機会の窓を大きく開けることを目的としていることは言うまでもありません。

3.住まいとコミュニティの分野での民間非営利活動のための社会的仕組みの必要性

 住民運動が生んだ“まちづくり”という言葉は、本来、近隣地域の生活に必要なことであれば、ソフト、ハードの区別なく総合的に住民が取り組む活動を意味していました。アメリカのCDCの例をひくまでもなく、現代社会の基本課題のひとつは、コミュニティの再生と維持・継承です。このため、アメリカでは、地域に密着した住宅供給や福祉サービスさらには、就業の機会の創出等をベースにするコミュニティ・ディベロップメントの分野が確立しています。  日本のタテ割り行政の狭い領域に閉じこめられた“まちづくり”という言葉を、市民の言葉としての原点に戻すとともに、コミュニティ・ディベロップメントに対応する、より総合的な概念としてとらえ直し、これを「市民まちづくり」と呼ぶことにしたいと思います。
 住まいとコミュニティの分野の民間非営利活動は、まさにこの意味での“市民まちづくり”活動そのものと考えられます。
 市民のまちづくりは、先にふれたようにますます幅広く、活発に展開されています。この市民の活動の盛り上がりに呼応して、市民を支援する財団法人や社団法人が増え、公益信託の活用例も急速に増加しています。 さらに住民のまちづくりを支援する専門家による民間非営利組織も、例えば世田谷区だけでも、まちづくりハウスとして名乗りを上げるものが4つ5つと生まれています。 
 大震災後の神戸市、西宮市では、住民による復興まちづくり組織(まちづくり協議会など)や専門家による復興支援の組織活動やネットワークが広がっています。
 さらに、高齢者住宅やコーポラティブ・ハウスの建設と運営を民間非営利事業として取り組む試みも登場しました。これからは市民あるいは市民と専門家の協力によって、住まいづくりや商店街の再生などの事業にまで、民間非営利活動が力強く発展しうるかどうかが大きな課題です。
 この市民まちづくり活動を支援する仕組みづくりが各地の自治体に広がり始めています。自治体のまちづくり条例、まちづくりセンターなどはその例です。
 先にふれた事例調査から、日本にも諸外国と比べて遜色のないユニークなまちづくりの民間非営利活動があることは確かです。また、これを支え、更に多くの活動の発生を促す社会的な仕組みづくりには、財団や自治体等の萌芽的な動きがあります。しかし、全体としては、そのための社会的な努力はきわめて弱いと言ってよいでしょう。
 とりわけ、民間非営利組織による住まいとコミュニティに関わる事業への支援は、ほとんどないといってよい状況です。
 民間非営利のまちづくり活動を支援する強力な社会的仕組みを日本社会が形成できるかどうかが、今問われていると思います。


II .住まいとコミュニティ分野の民間非営利活動のための社会的仕組みを実現する7つの提案

1.市民まちづくり活動が具体的成果を生む「機会」を提供する

 住まいとコミュニティ分野の市民まちづくり組織や、これを支援する専門家の非営利組織にとって活動に必要な人材、資金、知恵や情報、そして研修の機会などをタイミング良く手に入れることは、活動発展の鍵となっています。
 この点に関しては楽観的に見れば、状況は徐々に明るくなっています。
 たとえば若い人達の間で、市民まちづくりに関心を持つものが増えています。とりわけ大震災後のボランティア活動の中に、その明確な証拠が見出せます。人材の確保が可能になりつつあると言えます。
 財団や公益信託による資金的支援も次第に多様化し、市民まちづくりを支える資金源の主役のひとつとなってきました。
 こうした状況だからこそ特に必要なことは、市民まちづくり活動に対して具体的で目に見える成果を生み出しうる「機会」が与えられることです。例えばコミュニティ・センターや公園さらには、集合住宅の建て替えなどの企画、設計、運営の各段階を通じて、住民参加の場が得られるといった「機会」が活動発展の大きな契機となる例を私たちは数多く知っています。
 こうした住民参加の機会を自治体が積極的に、行政の仕組みの中に広げていくことが望まれます。

2.市民まちづくり活動に必要な専門性の獲得を支援する

 住まいとコミュニティのために活動する人たちは、自分たちの活動に専門的な知識と経験が必要なことを知っています。 特に、共同建て替えなどの住まいづくりを民間非営利事業として成功させるには、その知識と経験が欠かせません。また、活動に携わる人たちは民間非営利組織の自立のための組織経営、とりわけ資金的経営が重要であり、そのための専門的知識が必要であることに気づいています。
 活動組織の相互交流の機会、必要な分野の専門家と出会う機会、行政との連携により行政の知恵を活かしうる機会など、様々な機会を用意し、活動に携わる人たちが自らの専門性を高めてゆけるようにする必要があります。
 アメリカのCDCのスタッフは、インターミディアリーによる高度な専門的研修を活用しており、これにはしばしば、研修費用のスポンサーがあり、研修事業の質を高めると共に、研修を受ける側の負担を軽くしています。財団等の公益法人や自治体そして企業が直接・間接を問わず、こうした事業に力を入れてゆくことが重要です。

3.まちづくり情報や技術支援の機会を豊かにする

 市民まちづくり活動に携わるほとんどの人たちは、活動の発展のための、自治体や財団からの望ましい支援として、「資金」のみでなく「情報」をあげています。
 人は「情報」の活きた豊庫です。すぐれた「情報源」としての人材の協力を得て、現場での交流の機会を豊かにしてゆくことが、最も効果的な情報提供の方法です。このため、市民まちづくり組織のネットワークづくりを支援することは、個別の情報提供に勝る力となると思われます。
 情報としては先進事例が最も求められており、加えて、さまざまなまちづくり情報や、市民まちづくり活動組織の運営上の技術支援の提供が期待されています。財団や自治体がこの情報蓄積を行い提供すること、さらには自治体による“まちづくりセンター”など、新しい組織によって担われることが期待されます。
 インターネットなどサイバースペースの活用によって、情報や技術支援をネットワーク上の対話によって行うことが可能になり始めています。こうしたネットワークの維持と運営の資金や情報を財団や自治体が提供することも有効です。
 国際化に対応して諸外国のまちづくり情報をタイミング良く提供するのは、財団や民間非営利組織の重要な役割のひとつです。国際的な人のネットワークと優れた翻訳機能とが、これらの組織に求められます。

4.資金的支援の仕組みを多様化する

 市民まちづくり活動への自治体や財団等の助成は、既に述べたように徐々に広がっています。財団等の助成は、活動組織の過半がこれを受けているというアンケート結果もあります。 これがさらに拡充されることが望まれます。
 阪神・淡路大震災の被災地における市民主体による復興まちづくりを支援する基金が発足しています。 目的を明確にした民間の手による資金的支援の新しい試みです。これは1例ですが、民間の募金によって市民まちづくりを支える新しい領域を開くことは、今後の課題のひとつです。
 住まいとコミュニティの分野での活動が、住まいづくりなどの事業にまで発展するためには、単に活動助成の範囲にとどまらない、より大きな資金を動かす仕組みが必要になります。
 地域の金融機関、例えば信用金庫が始めている市民バンクのように、市民の事業に融資できる仕組みを民間の手で創設することは、地域独自の金融システムをつくる意味でも重要です。自治体がこうしたシステム形成をバックアップすることも、また必要なことです。
 アメリカの低所得者向け住宅投資税額控除制度(Low Income Housing Tax Credit: LIHTC)は、民間企業の住宅投資に強いインセンティブを与えることによって、投資誘導に成功しました。CDCはこれを盛んに活用し事業を動かしています。こうしたダイナミックな資金支援の仕組みづくりは、政府の役割として期待されます。
 政府によるまちづくり助成制度には、市民まちづくり活動の支援を含むものが増えつつあります。まちづくりがソフト、ハードの多岐にわたることに対応した総合的な補助制度の創設が望まれます。同時に民間非営利組織を助成対象に位置づける仕組みが必要となっています。
 資金的支援が、民間非営利活動の自発性や自由性を損なうことがないよう、資金支援を受ける側からの資金選択の幅が広がることが望まれます。同時に資金的支援を提供する側が民間非営利活動の自由を尊重する社会的認識を持つことも望まれます。

5.市民まちづくり活動と自治体や企業とのパートナーシップを創出する

 市民と自治体や企業とのパートナーシップによるまちづくりは、各者が対等の立場で協力し、あるいは相互補完することによって、住みよいまちを実現する新しい方法として注目されています。
 生活の専門家としての市民、市民の中の専門家、地域での事業の専門家としての企業市民、さらには行政の専門家が、お互いの知恵を出し合い、それぞれの力を活かすことが基本です。
 自治体の計画策定などは、市民と行政と地域の企業とのパートナーシップ方式が最も効果を上げる領域と思われます。
 自治体が行政施策や事業を自治体主導で、もっぱら直接供給型で進めるのではパートナーシップになりません。例えば住まいづくりなども、間接供給型の施策や事業の幅を広げ市民や企業とのパートナーシップ方式を導入することが、市民とコミュニティの力を培う基礎となることも充分認識する必要があります。
 また、企業が設立した財団や公益信託が市民まちづくりを支援する例や、地域の企業群の出資による株式会社が、衰退した商店街の再生を成功させている例など、パートナーシップの中の企業の役割は、今後さらに大きくなることが期待されます。
 このパートナーシップの一方の当事者である市民を支え、行政や企業等との間を橋渡しするのは、市民の活動組織であり、まちづくり専門家による非営利組織です。
 パートナーシップの要として民間非営利組織を、自治体がまちづくり条例等に位置づけ、市民と協働の事業の実績を積み重ねてゆくことが期待されます。
 また住宅・都市整備公団や住宅供給公社は、民間非営利組織とのパートナーシップによって、地域住民と共に、いっそう住み良い住まい、まちづくりの実現に取り組んでゆくことが考えられます。

6.住まいとコミュニティに総合的に取り組むために制度を改革する

 コミュニティと民間非営利組織を、住宅・建築・都市関連制度に位置づけることが、制度改革上もっとも期待されることです。
 阪神・淡路大震災は、コミュニティの意味を再認識させてくれました。日常のまちづくりによって、コミュニティの地域力を培ってきた神戸市長田区真野地区等の再生の軌跡は、私たちに多くの示唆を与えてくれました。
 やがて日本のコミュニティが体験すると予想される厳しい将来を考えると、早くからコミュニティの崩壊と衰退を経験してきたアメリカ、イギリス等の経験は、私たちにとって大切な教訓です。
 その教訓とは、衰退地域の再生はそこに住む人々すなわちコミュニティの内発的な力を基礎とすることによってのみ可能だ、ということです。再生を可能にするのは行政主導による都市整備でもなく、企業による大再開発でもないということが永年の衰退コミュニティ再生への努力から得られた貴重な事実でした。
 物理的な都市整備が完成しても、コミュニティが崩壊し時には消滅してしまうのでは、都市整備の意味がありません。都市開発・都市整備の成果を評価する尺度として、コミュニティの意義と役割を制度的に位置づけることが欠かせません。そのことは、まちづくりの担い手である民間非営利組織の基礎となる主体を位置づけることでもあります。

7.新しい民間非営利法人制度を創設する

 制度改革のもうひとつの課題は、民間非営利法人という概念を制度化することです。
 民間非営利法人の非営利とは、法人として利潤追求を目的とせず、利益を出資者や経営者に配分しない仕組みのことを言います。
 また、民間非営利法人は、アメリカの例ではその運営方針を決める理事は無給となっており、専従スタッフのみが有給で、そのほかに無給のボランティア・スタッフがいます。民間非営利法人を支える人々は、このようにボランティアだけでなくボランティアと有給者とを包括している点が特長であり注目すべきところです。
 民間非営利法人は徹底した情報公開のもとで市民に監視され、市民の支持を失った場合には消滅する組織であるべきだと私たちは考えています。主務官庁制からは、自由で独立した組織であるべきです。
 寄付に対する税の控除や、公益的事業による収入への非課税の資格が得られることも、活動の発展に欠かせません。
 民間非営利法人の法人格取得の手続きは、簡明でかつ短期間であるべきものです。
 このような民間非営利法人制度については、現在、議員立法による法制化の検討が進んでいます。
 私たちは、あくまでも市民の幅広い賛同のもとに、市民の内発的な意志に基づいて法制化されるべきだと考えています。そして、市民の間での充分な討議による深い認識の形成が最も重要であり、その上に立って、法制化されるべきと考えます。


III.新しい社会的仕組み−実現のための各主体の役割

 予兆としての社会を良い形で迎えるために、まちづくりに関わる諸主体がどのような役割を果たすよう望まれるか、これまでの記述からまとめておくことにしましょう。

1.市民:1人1人の発意からの出発

 自主的で自発的な市民まちづくり活動は、1人の市民の発意が周辺の人々を揺り動かすことからはじまるものです。
 自分の生活の連続としてまちづくりに身を乗り出すことが、まちを住みよくし、市民主体の社会的仕組みを実現する小さいけれども大きな一歩です。
 市民は最近は自治体に要求するだけでは、かえって自治体の権限と裁量を拡大する結果になることに気づいてきました。
 自治体に要求する前に、市民は自分達自身の手でなにをどこまで改善し、整備できるか、自らの役割と負担を含めて提案しようとする動きが広がっています。
 こうした市民の活動に相応しい、新しい組織原理を創り出し、 多様な市民のポテンシャルを結び合わせ、想像力豊かな成果を生む方法が模索されています。
 任意の市民組織を民間非営利組織として社会的に認めさせ、組織を適切に運営し、財政的な基盤を確かなものとすることへの関心も高まっています。
 それと共に、必要な専門的知識を獲得し、経験を積んでゆくことの重要さも認められてきました。市民の活動の積み重ねを発展させ、市民自身による住まいづくりなどの事業に乗り出す試みも始まっています。市民による事業を支える仕組みの創出は、活動に関わる市民にとって、共通の課題と認識され始めています。

2.専門家:地域で市民と共に考え行動する力量の向上

 まちづくりの民間非営利活動は、市民の発意からの活動を基礎に、市民と共に地域にあって考え行動する専門家の活動、これらを支援する後方支援活動という重層構造を成しています。
 地域の専門家には、市民活動の企画と運営、市民自身による事業の起業と経営などに際し、共に考え行動しつつ、市民が必要とする支援を提供し、あるいは関係諸主体からの支援を媒介する役割が期待されています。
 従来の専門家は、企業や行政の要請に応えることが中心であり、地域にあって地域の市民と共に考え行動する方法や技術そして経験を積んでいる専門家は決して多くありません。しかし、市民活動支援に対する専門家の関心は急速に高まっています。研修等の学習の機会に積極的に参加し、あるいは、相互学習の場を設けるといった活動が盛んになっています。
 また、明確に市民活動支援を目的に掲げた専門家の組織が登場し始めており、 専門家による民間非営利組織としての社会的認知を得るための活動が生まれています。
 自治体や地域の企業とのネットワークを広げ、市民活動支援に際しての社会的な位置づけを自ら獲得する努力を重ね、地域の専門家としての力量を向上させ、市民のために役立てていくことが求められています。

3.自治体:機会の窓の開放と後方支援の充実

 自治体は市民や地域の専門家の活動に対応しうる多様で幅広い機会の窓を用意すると共に、後方支援活動の立場からの行政施策の展開を拡大していくことが望まれます。
 すなわち自治体には市民参加および市民への情報公開の仕組みの確立と、これに対応しうる職員の意識の変革と職能の養成、民間非営利活動とその組織及び地域の専門家の位置づけ、民間非営利活動とその組織等への情報、技術および資金面の支援、さらには市民、民間非営利組織、地域の専門家、そして企業とのパートナーシップによるまちづくりの仕組みと方法の確立など、多岐にわたる施策が求められています。

4.企業:人材、ネットワークそして資金力を活かした支援

 企業による社会貢献は、全国、さらには世界にまで展開する大企業と地場の企業とでは、それぞれの持ち味が異なり、民間非営利組織への関わりも異なります。大企業の間では企業財団等を通じての資金的支援や情報提供が広がっています。地場の企業は、資金的支援もありますが、まちづくりに人材、知恵そして情報、さらには様々なネットワーク支援をしうることに特徴があります。
 コミュニティの活性化のための民間非営利の起業活動を支援し、時にはその主役となることも企業ならではの役割です。

5.財団等の公益法人や公益信託:ユニークな発想の多様で広範な支援の展開

 財団等の公益法人あるいは公益信託という仕組みは、近年そのユニークな助成活動が多様な市民のまちづくり活動を勇気づけ、また、新しいネットワークを編みあげるきっかけをつくっています。
 市民活動のリーダーや民間非営利組織の専従者が求めている実践的で専門的な研修活動、出版・翻訳などの情報発信・情報提供、さらにはインターネットなどサイバースペースを活かした支援が今後多様に展開されると予想されます。

6.住宅・都市整備公団、住宅供給公社等:新しいパートナーシップの創出

 住宅に関する強力なサプライヤーであると共に、制度的な制約もある公団・公社にとって、民間非営利活動とのパートナーシップは、今後に様々な可能性を予想させるものがあります。とりわけ、新規の住宅供給というフローの活動ばかりでなく、再開発、建て替え、リフォームあるいは居住環境の整備というストックへの対応にも力点が置かれつつある状況においては、民間非営利組織の柔軟な活動力との連携が重要性を増してくるものと思われます。公団・公社にとっては、民間非営利組織との連携によって事業の内容をより創造的で豊かなものにしうると共に、これにより円滑に事業を進めることができる可能性もあります。公団・公社がこうした方向に進むことによって、居住者に多様な住まいを提供し、居住者を主体としたコミュニティを力づける可能性が広がることにもなると予想されます。
 さらに、公団・公社は、住まいづくりの民間非営利組織を技術的に支援するなど、インターミディアリーとしての役割を果たすことも期待されます。

7.国(国会および政府):民間非営利活動とその組織の位置づけと新しい支援制度の形成

 企業、行政というふたつのセクターに加えて民間非営利セクターを確立することは、長期を見通した上での国の主要課題のひとつであると考えられます。
 国の役割は、まず、市民活動組織等の意向を反映した民間非営利法人制度の創設、これにともなう寄付・事業収入等に対する税制上の優遇措置等を進めることです。さらに民間非営利組織をふまえたまちづくり関連制度の改革、民間および公的資金等の金融システムによる民間非営利組織への新しい支援の仕組みの形成、自治体による後方支援施策等のバックアップ、市民主体型住まい・まちづくりへの民間企業の投資誘導制度の創設等、多くの省庁にわたる制度的仕組みづくりを進めることが求められています。


おわりに

 民間非営利の市民まちづくり活動とその組織を支える社会的仕組みは、各国の歴史の中に長い足跡を残しています。日本の歴史の中にも、その足跡を見てとることができます。 それだけに、この仕組みづくりは一朝一夕にできるものではないと私たちは考えています。
 社会の様々な領域での様々な立場からの日常の活動の積み重ねが、やがて私たちに相応しい社会的仕組みを生み出していくものと期待しています。私たち自身は、私たちの日常の場から、明日へ向かっての活動を広げていこうと考えています。


平成8年3月  
「住まいとコミュニティのための民間非営利セクター確立への提言」起草メンバー
林  泰義  株式会社計画技術研究所所長
山岡 義典  プランニング・コンサルタント
鎌田 宜夫  財団法人ハウジングアンドコミュニティ財団専務理事


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